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大阪高等裁判所 昭和27年(う)1570号 判決

控訴人 被告人 渡辺秀次外二名の原審弁護人 山根弘毅

検察官 米野 操関与

主文

原判決を破棄する。

被告人等は無罪。

理由

弁護人山根弘毅の控訴趣意は、末尾添付の控訴趣意書に記載したとおりである。

職権で調査するに、原判決は「被告人等三名は神戸市生田区三宮町二丁目六番地被告人渡辺方に競輪勝者投票券の購入取次サービス券三枚を附着せるサイクル通信、第一ニユース、競輪速報という三種の競輪予想新聞の販売所を設け共同してその経営に当つていたものであるが、被告人等三名は共謀の上自転車競走施行者でないのに昭和二六年八月一七日、同月一八日の二日間に亘り右販売所において予め一枚三十円の割合で右競輪予想新聞を販売しその購入者が右サービス券を利用するという方法で安川研一ほか多数の客より競輪勝者投票券(以下単に車券と略称する)購入の依頼を受け、同人等に対し右新聞の本紙及びその下部に附着せるサービス券に夫々同人等の依頼し指示する兵庫県営第八回明石競輪第二日目及び第三日目の連勝式車券百円券(正確には十枚券として一枚百円のもの)のレース番号、組合せ番号、枚数及び客の氏名をゴム印(証第一号)を押捺する等の方法で各記入し、両者を切り離して前記販売所の店名印(証第一号の内)で割印した上新聞本紙(証第五号の如き)を客に渡し、若しレース終了後客の依頼した車券が的中した場合には右新聞本紙を前記販売所に持参すればこれと店に保管するサービス券とを照合した後配当金を支払うという約定の下に車券購入代金を受けとりその引換に前記車券番号等を記入した競輪予想新聞の本紙を約九〇枚交付した」という事実を認定し右被告人等の所為は行為時法である昭和二七年法律第二二〇号による改正前の自転車競技法(以下旧自転車競技法と略称する。)第一四条第一号にいわゆる勝者投票券発売に類似の行為をなした場合に該当するものとして、同法条を適用して処断していることは判文上明らかであり、しかして被告人等が新聞購入客に対してなす勝者投票券購入に関するサービスの内容については原判決の事実理由中には示されていないけれども、原判決の全文及びその挙示の証拠を総合すると、右サービスというのは被告人等において客に代つて自転車競走施行者よりその発売にかゝる勝者投票券を購入し、その購入にかゝる勝者投票券が的中したときは客に代つて右施行者より配当金の払戻を受けた上これを客に交付する仕組の純然たる勝者投票券購入の取次行為を指すものであることをうかがうに充分である。

ところで、旧自転車競技法第七条は「自転車競走施行者は一口金二十円以下の勝者投票券を額面金額で売出すことができる。」と規定し同法第一四条第一号は「第七条の規定に違反して、勝者投票券を発売したり、又はこれに類似の行為をなした者は三年以下の懲役若しくは五万円以下の罰金に処し、又はこれを併せ科する」旨定めているのであるが、右第七条は規定の体裁は自転車競走施行者に一定金額以下の勝者投票券を額面金額で売出すことを許容しているに過ぎないのであるが、一面において勝者投票券の発売者、右投票券の額面金額及び発売金額に制限を加え右制限に違反することを禁止する趣旨の規定であることは同法の解釈上疑を容れないところであるから、同条に違反して所定の自転車競走施行者以外の者が勝者投票券を発売したり又は右投票券発売に類似の行為をした場合には同法第一四条第一号の罰則に触れることはもとより当然である。しかして右第一四条第一号にいう勝者投票券の発売とは、勝者投票の的中者に一定の金額を払戻し、売上金額のうちの一定の金額を発売者の収入とする仕組のもとに勝者投票券を発売することで一種の富籖の発売の性質を有するものであることは、旧自転車競技法第九条第一〇条及び勝者投票券の発売がその性質上刑法第一八七条第一項の富籖の発売であるに拘らず、自転車の改良、増産等に寄与し地方財政の増収を図るという公益上の必要から例外的にこれを公認するに至つた同法制定のいきさつに徴して明らかであり、又これに類似の行為とは前記勝者投票券の発売と同じ仕組ではないが自転車競走に関して富籖の発売と同じような作用を営む行為を指すことは前記旧自転車法制定のいきさつ及び同法第一四条第一号後段において勝者投票券発売行為に対すると同じ刑罰をもつて臨んでいることから見てこれを了解するに難くないのである。

然るに、本件被告人等の勝者投票券購入の取次行為は、所定の自転車競走施行者が適法に発売する勝者投票券の購入の斡旋行為に過ぎないものであつて、右被告人等の取次行為それ自体はその性質上勝者投票券の発売に該当しないのは勿論、富籖の発売と同じ作用を営むものでもないと解すべきであるから、旧自転車競技法第一四条第一号後段に直接該当するとはいえない。しかも右発売行為が適法のものであること前記のとおりである以上同法条の勝者投票券発売行為の従犯ということも有り得ないのである。しかして、右取次行為の相手方が原判決のいうように不特定多数人であることは右結論を左右するに足る根拠とはならないし、又被告人等の取次行為によつて取次を依頼した客において自ら競走場に赴いて勝者投票券を購入したと同じ効果を収めることは取次の作用として当然のことであつて、これがあるために右取次行為が原判決のいうように社会的、経済的に勝者投票券の発売と同一の作用を営むものともいえない。尤も、右のような投票券購入の取次行為は取次行為を装うて不特定多数人から投票券購入の依頼を受けて右購入代金を受け取り誠実に投票券を買い入れずに右代金を自己の所得とし依頼者の指定した投票券が的中した場合に自転車競走施行者が払戻す金額と同額の金銭を依頼者に支払うというような仕組みの、俗にいう呑み屋に転向する公算が大であり、且つ取次行為者において誠実に投票券を買い入れているか若しくは呑み屋を行つているかを識別することが困難でありひいて呑み屋の取締に支障を及ぼすというようなことも想像せられるし、又原判決が指摘するように無制限に取次行為を許せば広く国民大衆に射倖心を煽るような弊害を生ずる虞れもあり、自転車競技の健全な運営をする上において本件のような取次行為を禁止するということが考えられるのであるが、これはあくまで立法論であつて、昭和二七年法律第二二〇号によつて改正せられた自転車競技法第一九条第二号のような規定があれば格別、かかる規定を置いていない旧自転車競技法の解釈としては前段説明のとおり右取次行為を処罰の対象とするに由ないものといわなければならない。

以上により、本件被告人等の所為は結局罪とならないものであつて無罪の言渡をなすべきものであり、これを旧自転車競技法第一四条第一号に問擬した原判決は法律の解釈適用について判決に影響を及ぼすべき誤があるに帰着するから、この点で破棄を免れない。

よつて、弁護人の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第四〇〇条但書により原判決を破棄した上自判することとし、刑事訴訟法第四〇四条、第三三六条前段によつて、主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 井関照夫 判事 竹中義郎)

弁護人山根弘毅の控訴趣意

第一点原判決には重大なる事実の誤認があると思料する。

即第一審神戸簡易裁判所は昭和二十七年四月廿八日右被告人等に対し

被告人等三名は神戸市生田区三宮町二丁目六番地被告人渡辺秀次方に競輪勝者投票券の購入取次サービス券三枚を附着せるサイクル通信、第一ニユース、競輪速報と云う三種の競輪予想新聞の販売所を設け共同してその経営に当つていたものであるが被告人等三名は共謀の上自転車競走施行者でないのに昭和二十六年八月十七日同月十八日の二日間に亘り右販売所において予め一枚三十円の割合で右競輪予想新聞を販売しその購入者が右サービス券を利用すると云う方法で安川研一ほか多数の客から競輪勝者投票券購入の依頼を受け同人等に対し右新聞の本紙及び其下部に附着せるサービス券に夫々同人等の依頼し指示する兵庫県営第八回明石競輪第二日目及び第三日目の連勝式車券百円券のレース番号、組合せ番号、枚数及び客の氏名をゴム印を押捺する等の方法で各記入し両者を切り離し前記販売所の店名印で割印した上新聞本紙を客に渡し若しレース終了後客の依頼した車券が的中した場合には右新聞本紙を前記販売所に持参すればこれを店に保管するサービス券と照合した後配当金を支払うと云う約定の下に車券購入代金を受けとりその引換に前記車券番号等を記入した競輪予想新聞の本紙を約九十枚交付し以て競輪勝者投票券発売と類似の行為を為したものであるとの事実を夫々証拠に依り認定し各被告人を罰金三千円に処する旨有罪判決を宣告するに至つたのであるが原審裁判所に顕出された各証拠を仔細に検討するときは果して被告人等に罪を犯す意思ありたるや否や頗る疑わしきものがあると思料する。即原審証人長戸三郎佐藤武男等の証言に依れば被告人等が判示事実に所謂競輪予想新聞の販売所を設置し判示約定の下に前記新聞を一枚三十円にて販売し其下部に附着せるサービス券を利用して勝者投票券購入を依頼するものがあれば好意的に其取次を為すに至つたのは結局同証人等が発起せる判示新聞販売事業協同組合設立総会の席上同証人等の判示所為は毫末も法規に違背するところがないとの趣旨の説明をきき爾く信じ切り安心して前記組合に加入し判示新聞販売所を設置し判示サービス券附競輪予想新聞を販売し且つ新聞購入者のため其依頼に応じ勝者投票券購入の取次を為すに至つたものである。ことが認められるこれと照応する被告人等の公判廷における供述を対照するときは果して被告人等に罪を犯す意思が有つたものと断定することは頗る疑はしいものがある。むしろ犯意がなかつたものと認定されて然るべきものと思料する。原審判決は此点において重大なる事実の誤認があるので破棄せらるべきものと思料する次第である。

第二点刑の量定重きに失すると思料する。仮りに第一点理由なしとするも前段所論の如く被告人等が本件所為を為すに至りし動機に就ては頗る憫量すべきものがあるのみならず法規に触れる点は別として悪質なる呑屋とは異り被告人等は新聞購入者の依頼に応じ一々車券を購入し勝者には一々現金を支払つて居りさまで悪質なる犯行とは考えられぬ。各被告人の経歴も比較的良く改悛の情も顕著であるから原判決破棄の上罰金刑を減額されるか又は執行猶予の恩典を与えられん事を懇願する次第である。

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